ノーベル賞2018年の受賞者と受賞内容は?

2018年の各部門(物理学、化学、生理学・医学、平和、経済学)の受賞者たち






スウェーデンにあるノーベル財団が授与するノーベル賞の発表が10月1日から8日にかけて発表されました。今年は文学賞の発表が行われなかったため例年より少ない12人の受賞となりました。それぞれの分野で大きな功績を残している人に与えられるノーベル賞ですが、ニュースなどで発表されて初めてその研究や活動を知ることも少なくないのではないでしょうか。


2018年の受賞者と研究や活動を簡単に解説していきます。




物理学賞


物理学賞はレーザー物理の研究に大きな貢献を残した3名に贈られました。また、55年ぶりに女性研究者が物理学賞を受賞したことでも話題になり、同賞では1903年のマリー・キュリー氏、1963年のマリア・ゲッパート=マイヤー氏に続く3人目の女性受賞者となります。




左からアーサー・アシュキン氏、ジュラール・ムル氏、ドナ・ストリックランド氏



レーザーの原理とは?



アーサー・アシュキン
1922年9月2日アメリカ、ニューヨーク生れ。アメリカのベル研究所に所属していたころの「光ピンセット」技術の開発と生物システムへの応用の功績が認められました。



レーザー光を凸レンズにあてたときに、光が集まる中心点に向かって発生する力を利用するのが光ピンセットの技術です。虫眼鏡を使って太陽光の熱を集め、黒い紙を燃やした実験を子どもの時にしたことがあるのではないでしょうか。それと同じようにレーザーの光をレンズで集める(集光)すると、その中心点(焦点)に力がはたらきます。


焦点の位置を動かすと、そこにあった物質は引きつけられるように移動し、また焦点の位置へと戻る動きをします。光の運動量が変化したときに起きる力の反作用によって生れる放射圧と呼ばれる力を利用した技術が光ピンセットです。



数十 µm(マイクロメートル)単位のものを動かすことができ、細胞やDNA、タンパク質に与えるダメージを抑えられることから、微細な対象を研究する生物学や工学、医学などの分野で応用されています。




ジュラール・ムル
1944年6月22日フランス、アルベールヴィル生れ。



ドナ・ストリックランド
1959年5月27日カナダ、グルフ生れ。



高強度、超短光パルスを生成する方法についての2人の共同研究が受賞理由となっています。アルバート・アインシュタインが書いた『 誘導放出の研究 』という論文を出発点にしたレーザー技術は用いる媒質によって波長が変化しますが、短い間隔で点滅を繰り返すものを「パルスレーザー」といいます。


それまでのパルスレーザーは増幅器でレーザーの強度を上げようとすると増幅器が壊れてしまうという問題点がありました。1985年、ムル氏とストリックランド氏は時間とともに周波数の波長を縮めたり伸ばしたりするCPA(Chirped pulse amplification)を見つけだします。これによってパルス信号のピークの強度が抑えられ、レーザーパルスを劇的に増幅させることに成功しました。CPAは現在、高強度レーザーの標準となっています。










化学賞

ノーベル化学賞はタンパク質を人工的に進化させ、もっと高い機能を備えたものへと変化させる技術の発展に貢献した3名が選ばれました。






左からフランシス・アーノルド氏、ジョージ・スミス氏、グレゴリー・ウィンター氏





フランシス・アーノルド

1956年7月25日アメリカ、ピッツバーグ生れ。酵素の指向性進化の研究の成果が認められました。体内で起こる様々な化学反応を引き起こすための触媒になるたんぱく質である酵素。それ以外にも発酵食品を生成したり洗剤に利用されたりと私たちの生活の中でさまざまな場面で活躍しています。そんな酵素をあらたに進化させ、これまでになかった機能を持った酵素を作り出すのが酵素の指向性進化です。



ある酵素が作れるバクテリアとその酵素を用意し、酵素のDNAをランダムに書き換える。新しいDNAとなった酵素をバクテリアに増やしてもらい、それぞれの酵素が目的の化学反応をちゃんと起こすかどうかを試験します。うまくいかなかったバクテリアを廃棄してうまくいったバクテリアだけを残し、またDNAの書き換えをしていくという作業を繰り返し、最終的に高機能な酵素を残していきます。これによってこれまで生物が作ることができなかった酵素を生み出すのです。現在では糖尿病の薬やうまみ成分に生かされています。







ジョージ・スミス

1951年3月11日アメリカ、ノーウォーク生れ。




グレゴリー・ウィンター


1951年4月14日イギリス、レスター生れ。




スミス氏とウィンター氏は「ファージディスプレイ法」に関する研究の業績が認められ、化学賞が授与されました。




ファージは正確にはバクテリアファージといい、細菌を宿主として増殖する細菌ウイルスです。ファージのDNAにある遺伝子の一部を挿入すると、ファージのDNAはタンパク質のかけら(ペプチド)を表面に出します。さまざまな遺伝子の一部を挿入すると表出するペプチドの種類も多くなります。そしてその中から特定のものと結合するファージだけを選び出すのがファージディスプレイ法で、スミス氏が開発した方法です。



ファージディスプレイを抗体の開発に応用したのがウィンター氏です。抗体のかけらをタンパク質のかけらであるペプチドとして使うことを考え、狙った結びつきを作るために指向性進化法を採用。強固な結合をする抗体のみを自然選択によって生成することに成功しました。リウマチやガンの治療に効く抗体医薬品の開発に役立てられています。








生理学・医学賞



今年のノーベル賞で日本で話題になったのは、この生理学・医学賞でした。免疫細胞の働きを抑制する仕組みを発見した京都大学の本庶佑氏とジェームズ・アリソン氏が受賞しています。





左からジェームス・アリソン氏、本庶佑氏





ジェームズ・アリソン


1948年8月7日アメリカ、アリス生れ。




本庶佑(ほんじょ たすく)

1942年1月27日日本、京都生まれ。




2人が発見したのは、体外から侵入した細胞やがん細胞を攻撃する免疫細胞の働きにブレーキをかけるタンパク質の存在でした。アリソン氏が発見したのはCTLA-4、本庶氏が発見したのはPD-1というもの。いずれもT細胞というリンパ球の表面に存在しています。CTLA-4やPD-1は過剰な免疫反応や自分の細胞への誤った攻撃を防ぐために機能しています。ところががん細胞はその機能を逆手に取り、これらのタンパク質の力で免疫細胞の働きを弱め、増殖を容易にすることができます。



CTLA-4やPD-1に少し休んでもらい免疫細胞を活発にすることで、抗がん剤などを用いずに自らの力でがんを克服する治療が実現できるようになるかもしれません。アリソン氏と本庶氏の研究をもとにCTLA-4の免疫チェックポイント阻害剤「イピリムマブ」やPD-1免疫チェックポイント阻害剤「ニボルマブ」が開発されました。今のところ効果のあった患者は限定的で、治療費も高額であるという問題がありますが、がん治療の手段として大きな期待が寄せられています。







平和賞


"MeToo"運動など近年ふたたび大きくとりあげられるようになった性暴力被害。紛争下で起きている性暴力を根絶しようと活動してきた2名に贈られました。




左からデニ・ムグウェゲ氏、ナディア・ムラード氏






デニ・ムグウェゲ

1955年3月1日ベルギー領コンゴ(現在のコンゴ民主共和国)、ブカヴ生れ。現在もブカヴで活動するムグウェゲ氏は1999年にパンジ病院を設立。豊富な鉱物資源が存在するコンゴ東部では武装組織が資産確保のために地域を恐怖で支配する方法として女性に性暴力を行ったり生殖器を破壊する行為が横行してきました。



これまで20年のあいだに4万人以上のレイプ被害者を治療し、精神的ケアにも務めてきました。これまで国連人権賞(2008年)、ヒラリー・クリントン賞(2014年)、サハロフ賞(2014年)を受賞しています。





ナディア・ムラド



1993年3月10日イラク、コチョ生れ。少数派のヤジディ教徒の家に生まれ育ったムラド氏の村を過激派「イスラム国」が占拠。ムラド氏は3ヶ月にわたってレイプや拷問、虐待を受け、繰り返し売買されました。2014年11月に脱出してからすぐにヤジディ教徒の人身売買を止めるべく活動を開始。



現在は国連の親善大使となり、人身売買の被害者救済や戦争の手段として性暴力が使われている現状を訴え、厳罰な処罰を求めている。2016年にサハロフ賞を受賞。








経済学


今年はアメリカの経済学者2名が受賞しました。両者とも長期マクロ経済をベースにしていて、気候変動や技術革新(イノベーション)と統合した理論を打ち立てました。




左からウィリアム・ノードハウス氏、ポール・ローマー氏





ウィリアム・ノードハウス

1941年5月31日アメリカ、アルバカーキ生れ。デンマーク,オランダ,フィンランド,ノルウェー,スウェーデンがすでに導入している「炭素税」を提唱した環境経済学者です。環境経済学の分野では初めてのノーベル賞受賞となります。環境税の一種である炭素税は、化石燃料を燃やした時に発生する二酸化炭素を抑制する目的で考えられ、炭素の含有率や量に応じて石油,石炭,天然ガスなどに課する税金です。


また、1990年代中ごろにノードハウス氏が考案した「統合評価モデル」は、経済と気候の世界規模での相互作用を定量的に説明するもので、気候変動影響を評価する尺度として世界中で使用されています。





ポール・ローマー

1955年11月6日アメリカ、デンバー生れ。企業の技術革新やアイデアが経済成長の主要な原動力となるという考えをモデル化し、「内生的成長理論」の基礎を作り上げた。



それまでの経済成長理論では、発展途上国の経済は外的に資本や労働力と投入することで一定水準にいたると考えられていましたが、ローマー氏は内生的成長理論では技術進歩によって経済成長率に差が生じる事実を明らかにしました。










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