単一市場からの離脱と関税同盟の部分参加
イギリスのテリーザ・メイ首相は1月17日、EU(欧州連合)からの離脱(Brexit,ブレグジット)の方針演説で単一市場からの撤退と関税同盟の完全な加盟の取りやめを発表しました。
イギリスがどのような形でEUから離れるのか、2016年6月の国民投票による結果が定まって以降、世界からその方向が注目されてきましたが、今回のメイ首相の発表によりイギリスの将来がいくらか明確なものとなりました。
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イギリスの単一市場からの離脱とはいったいどのような意味があるのでしょうか。
EUの単一市場とは
まず、EUの「単一市場」というのはどのようなものなのでしょうか。単一市場はEUの前身であるECの委員会が1982年に欧州議会に提出した1985年委員会計画にもとづいて作成された域内市場白書の内容を実現するべく法的な整備によって、人、モノ、資本、サービスがその経済圏内で自由に動けるようにすることを目的しています。
上掲の外務省ホームページにあるEUの単一市場に関する説明では、以下の項目が
- 商品の移動に係る制限の撤廃
- 人、サービス、資本の自由移動に対する障壁の撤廃
- 域内での競争を歪曲しないように保証する制度の創設
- 市場統合に必要な各国の法制の調和
- 各国間接税の接近が達成された市場
となっています。
現在、EU圏内ではほぼ単一市場が完成されている状態ですが、経済活動の自由を推進する取り組みは続けられています。
人の移動と単一市場離脱
Theresa May Brexit speech LIVE: UK takes CONTROL of its borders & WILL quit single market https://t.co/3WWBw8uNHX pic.twitter.com/KZVitpTCHC— UK News Information (@MyFreedomNews) 2017年1月17日
ブレグジットの方針演説をするテレーザ・メイ英首相
世界ではイギリスがどのような形でブレグジットをするのかというのをハードやソフト、クリーン、グレーなどの言葉で表現して予想していました。
単一市場に何らかの形で残ることがソフト・ブレグジットであるならば、イギリスは肯定的な意味で言えばクリーン・ブレグジット、否定的に言えばハード・ブレグジットの道を進む道を選んだことになります。
そもそも、EU離脱を巡る国民投票のキャンペーン中にもブレグジット推進派のボート・リーブなどが主張していましたが、ブレグジットの議論が始まったきっかけは移民流入の制限をするためにはEUに加盟している状態では難しいというものでした。
2015年から2016年にかけてヨーロッパで発生したIS関連のテロや労働市場における移民の占有が高まっているという情報がイギリス国民に不安を与え、結果としてEU離脱が決定しました。
離脱の方針を鮮明にしないイギリスに対し、EUやドイツ、フランスは単一市場へのアクセスを残したまま、イギリスに入る人の動きを制限しようとする「いいとこどり」を狙っているのではないかと考え、幾度となく釘を刺してきました。
しかし、メイ首相が発表した方針では、イギリスは移民の流入を制限する代わりに、EU圏内として人やモノ、資本、サービスが自由に移動できる状態を放棄すると明示したことになります。流通に障壁が生まれればそれだけ経済が停滞してしまう危険性がありますが、イギリスはそれでもEUとははっきりと離別した存在になることを選択しました。
「(EUとの)対等なパートナーシップ」を築くとコメントし、「(離脱に対する)罰する行為」があってはならないと警告するメイ首相はこのような決定をすることでイギリスがポスト・ブレグジット後も貿易などで不利な条件に陥らないよう取った方法なのかもしれません。
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メイ首相の貫徹したEUの単一市場からの離脱による自国のコントロール強化の方針は、明確な方向を示していることで国内の混乱はあまりありません。しかし、一方で強く反対する勢力もあります。それはかねてからイギリスからの独立を求めているスコットランドです。
2014年に独立の国民投票を行い、そのときには賛成が45%、反対が55%という結果になり、スコットランドの独立は見送られました。
2017年3月13日にイギリス議会上院でブレグジット法案が可決し、これを受けて3月29日にメイ首相が通告書簡に署名し、EU基本条約(リスボン条約)第50条が発動されて本格的に離脱に向けた交渉がEUとの間で始まりました。
しかし、そんな流れの中で、EUに残留するという主張をもとに、ニコラ・スタージョン自治政府首相は2度目の独立の是非をとう国民投票の要求をする意向を表明しました。
なかなか私たちにはなじみがない国民投票ですが、イギリスでは一度結果が出た国民投票についてその後も実施してはいけないという法律はありません。ブレグジットの国民投票についても、キャンペーン中にキャメロン元首相はあえて2度目以降の国民投票はしないと明言しています。
関税同盟の一部参加
それでも、イギリスはEUと完全に距離を置くわけではありません。EUの関税同盟からは完全撤退しない方向であるとメイ首相は言及しています。EUの関税同盟は加盟国28ヵ国に加え、アフリカのモロッコが同一の条件で参加しています。これに加え、トルコ、サンマリノ、アンドラの3ヵ国ともそれぞれの関税同盟を結んでいます。
たとえば、トルコでは工業製品や加工された農産物が関税同盟の対象となっていて、EU域外の国と貿易する際にはEU域内と同じ率の関税をかけなければなりません。また、2016年10月にEUとカナダの間で締結された「EUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)」のような貿易協定が結ばれた場合、カナダからはトルコの市場にアプローチできるものの、トルコからはできない条件となっています。
EUに加盟している国との待遇差をつけてEU市場にアクセスできる権利だけを享受しないようにしているのですが、イギリスとしては一部参加という状態でもその利益を簡単に手放すわけにはいきません。
ただ、メイ首相はEU域内と同じ関税をかけなければならないなどの条件が離脱するのに適用されるのはそのまま飲めないという姿勢を示していて、トルコなどの既存の一部参加国とは別の合意を希望しています。
EUとしても、これから貿易相手となるイギリスの存在は軽く見ることはできず、ブレグジットの交渉の任に当たっている欧州委員のミシェル・バニエル氏は「ポスト・ブレグジットの特別な関係を望む」と述べています。
イギリスにとっては、罰となる条件から特別な貿易相手としての待遇まで、離脱の通告後から本格的にEUとの交渉がはじまることになります。
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参照
http://www.bbc.com/japanese/38660275
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/market.html
https://www.theguardian.com/politics/2017/jan/17/brexit-weekly-briefing-goodbye-single-market-and-customs-union